近年、労使トラブルの中で急増しているのが、社員のSNS投稿をきっかけとしたトラブルです。かつては職場の不満や個人的な意見は、同僚との会話や家族とのやりとりに留まっていましたが、現代ではX(旧Twitter)やInstagram、TikTokなどのSNSを通じて容易に世界へ発信されます。企業にとっては、その一つひとつが信用やイメージに直結する重大な問題になり得るのです。
たとえば、ある飲食店の従業員が、業務中のふざけた様子をTikTokに投稿したことで、企業ブランドが大きく毀損され、来店客数が激減し、ついには閉店に至ったという事例がありました。これにより企業は当該従業員に対し損害賠償を請求したものの、賠償の範囲や雇用契約上の責任の有無をめぐって訴訟に発展。このような事例は「バイトテロ」として世間を賑わせ、企業が常に「情報漏洩」「信用毀損」と隣り合わせであることを象徴しています。
また別のケースでは、企業の管理職にある社員が、上司への不満や会社の内部事情をX上で吐露したことで炎上。その内容には顧客情報や業務内容まで含まれており、企業は即座に調査を開始。結果的に当該社員は懲戒処分を受けましたが、その過程でも「表現の自由」と「業務命令の限界」が論点となり、社内での混乱が長期化しました。
このように、SNSは企業の統制を越えて社員の発信力を拡大させるツールとなっています。特にZ世代以降の若年層社員は「オンラインでの自己表現が当たり前」という感覚を持っており、「業務中に撮影して投稿することは悪気がない」「不満を可視化するのも正当な行動」と考えているケースも少なくありません。
こうした背景の中で企業が取り組むべきは、「単なる禁止」ではなく、「SNSリスクに対するリテラシー教育」と「明文化されたガイドラインの整備」です。単に「SNSに業務のことを書くな」と指導するだけでは、社員には納得感が得られず、逆に反発を招く可能性もあります。
たとえば「業務上知り得た情報は第三者に開示しない」「業務時間内の撮影・投稿は禁止」「職場・顧客に関する発言は許可が必要」といったルールを具体的に就業規則に盛り込み、採用時や定期研修でその内容を説明することが重要です。さらに、ルールに違反した際の懲戒処分や責任の所在も明確にしておくことが、後のトラブル防止につながります。
私たち社会保険労務士は、企業の就業規則の整備や研修内容の設計を通じて、こうした「新しい労使トラブル」の予防と対応に寄与することができます。SNSがもたらすリスクは時に法的な問題や損害賠償にまで発展するため、トラブルが起きてから対応するのではなく、予防的に備えることが、企業経営にとって今後ますます重要になるでしょう。
この記事は私が書きました

三重県出身。工場の派遣バイトの傍ら社会保険労務士の資格を取得。中途採用で地元商工会議所勤務を経て、労働局の窓口業務を通して様々な事例を経験。 非正規就労の悲哀と行政の仕組みを熟知しているシナジー効果を強みとし、皆様のサポートをいたします。