昨今、企業の採用戦略として「地域限定正社員」「短時間正社員」「嘱託正社員」など、いわゆる「多様な正社員」の導入が進んでいます。

しかしその一方で、実態は非正規社員とほぼ変わらないのに「正社員」と名乗らせる」いわゆる“なんちゃって正社員”の存在が問題視されはじめています。

このような曖昧な雇用形態が、同一労働同一賃金の観点から大きな訴訟リスクを孕んでいることをご存知でしょうか?

この記事では、「正社員」と「非正規社員」の線引きに揺れる企業が押さえるべき実務ポイントを、社労士の視点から解説します。


【1】「正社員」の定義があいまいな現実

一般的に“正社員”といえば、「期間の定めがないフルタイム雇用」を指すと考えられています。

しかし実際の現場では、下記のような雇用形態が“正社員”と称されているケースがあります。

  • 勤務地限定の地域正社員(転勤なし)
  • 時短勤務の正社員(週30時間未満)
  • 嘱託契約で年単位の更新型だが“正社員”扱い
  • 実際の待遇が契約社員とほぼ同じ

これらを名称だけ“正社員”としたまま、待遇に実質的な差を設けていると、労働者側から不満や訴訟の火種になりかねません。

【2】同一労働同一賃金の法的背景と判例

2020年のパートタイム・有期雇用労働法改正により、「同一企業内における、正規・非正規間の不合理な待遇差の禁止」が義務化されました。

特に、基本給・賞与・福利厚生・教育訓練の有無などは、以下の要素に基づいて判断されます。

  • 業務の内容
  • 責任の程度
  • 配置の変更範囲(転勤の有無など)
  • その他の事情

2020年以降、「賞与や退職金を支給しないのは不合理だ」とした大阪医科薬科大学事件(最高裁)や、日本郵便事件などで企業側が敗訴しています。

“なんちゃって正社員”も、同じように「名称ではなく、実態が問われる」のです。

【3】企業に潜む3つのリスク

“なんちゃって正社員”をそのまま放置しておくと、以下のようなリスクが生じます。

(1)労働者からの訴訟リスク

「正社員なのに、なぜあの人とは待遇が違うのか?」という不満から、不合理な格差として訴えられる可能性があります。

(2)採用後のトラブル

「正社員として採用されたのに、正社員らしい待遇ではない」といった認識ギャップにより、早期離職や口コミ悪化を招くことも。

(3)内部のモチベーション低下

実態にそぐわない格差は、若手社員や非正規社員のやる気を削ぎ、組織全体の生産性に影響します。

【4】今すぐできる実務対応

「正社員」と名乗らせる以上、会社側もその定義と責任を明確にしなければなりません。以下の点を、今すぐ点検してみてください。

  • 就業規則や人事制度における「正社員」の定義の明文化
  • 正社員と非正規社員の待遇差の見直しと合理性の説明整理
  • 正社員化にあたっての雇用契約書・通知書の整備
  • 名称と実態が乖離していないかのチェックリスト作成

また、「待遇を完全に同一にする必要はない」が、「違いがあるならば明確な理由説明が必要」という点も押さえておきましょう。

まとめ

「正社員」という言葉に安心するのは、もう過去の話。

労働者側の意識が変化し、権利意識が高まる今、名称ではなく“待遇と実態”がすべてです。

“なんちゃって正社員”という状態を続けることは、企業自身の信用と雇用安定性に大きな影を落とします。

社会保険労務士法人HRMでは、人事制度の見直しや就業規則の整備、同一労働同一賃金対応の診断・研修まで一貫したサポートを行っています。

「うちは大丈夫かな?」と感じた企業様は、ぜひ一度ご相談ください。早めの対応がリスクを防ぎます。

この記事は私が書きました